文化的な生活

本のこと、音楽のこと、日常のこと。

パレード/ 吉田修一

「悪人」で一躍有名となった吉田修一氏の作品。
山本周五郎賞受賞作。奇妙な共同生活を送る5人の話。それぞれの目線で1章ずつ物語は進んでいき、各々の胸中が少しずつ明らかになっていく。
パレード (幻冬舎文庫)

パレード (幻冬舎文庫)

 

 吉田修一氏も非常に好きな作家です。特にこの「パレード」と「静かな爆弾」は好きな作品。山本周五郎賞ということですが、私は山本周五郎は「さぶ」しか読んだことがないのだけれども、あそこまで底抜けに明るい話ではなく、さしずめ、現代の若者に送る青春小説といってくれれば私にはしっくりくるかな。

 
 以下読書感想文。 
・この晴れた日曜日に、なにもやりたいことがないわけではない。かといって、なにがやりたいんだ? と訊かれるとやはり困るが、例えばこれまでに一度も行ったことのない場所で、これまでに一度も会ったことのない人と、恥ずかしいくらい正直な言葉で、語り合ったりしてみたい。別に可愛い女の子限定でなくてもいい。たとえばそう、夏目漱石の「こゝろ」に出てくる先生とKみたいに、人生について、愛することについて、一緒に悩んだりしてみたい。ただ、自殺されたら厄介なので、相手は少し脳天気な方がいい。
 最初の数ページをパラパラめくるとすぐに見つかるこの言葉だが、読み返すと物語の核心を付いていると思える。彼らは、複数人で共同生活しているのに、人生について、愛について、一緒に悩んだりする間柄ではないのだ。そういう話をする(できる)相手というのは、これまでに一度もあったことのない人なのだ。
 
・最近、真也の話を誰かにしたい。〜 ただ、今の僕にはそれを話せる相手がいない。〜 この部屋での、この共同生活は、そういったものを持ち込まないからこそ、成立しているんじゃないか、とも思う。話したいことではなく、話してもいいことだけを話しているから、こうやってうまく暮らせているのだと。
 愛や人生についてまじめに語ってちょっとセンチな気持ちになるなんて、共同生活に持ち込んではいけない。
 
・五本目の鍵がどこを開けるためのものなのか、まったく見当がつかなかった。
 共同生活者が何の鍵を持っているのか、こことは違う外部から遮断されたスペースをどこに持っているのか、そんなことは知らないし、おそらく興味もない。興味を持ってはいけない、というほうが正しいのか。
 
・ここでうまく暮らしていくには、ここに一番ぴったりと適応できそうな自分を、自分で演じていくしかない。
 「ここ」というのは別に共同生活に限った話ではない。学校、職場、家庭、自分の住んでる地区でも、社会でも世界でも何でも当てはまる。言っていいことだけ持ち込んでいる。みんなそうだ。この本では、それがいいとか悪いとか、そんな議論は全くしない。それが当然の世界で、みんながその原則に従って動いている。
 
 気味が悪いのは、他の人の目線からはそれぞれの胸中がまったくわからないということだ。例えば第一章は大学生の良介の目線から描かれるが、そこで得られる共同生活者の1人琴ちゃんの印象と、実際に第二章で琴ちゃん目線で得られる琴ちゃんの印象とではまったく違う。琴ちゃんは自分の事情は自分しか知らないし、その情報は良介目線からではまったくえられない、あるいは何かしら勘違いしている。各人がそれぞれしか知らない部分を、それぞれの考え、秘密を読者である我々に明かしながら、しかし部屋の住人たちはそれを何も知らずに、あるいは知らないふりをして、共同生活は淀みなく進んでいく。
 
 私自身、知らないふりをする、関心のないふりをする、ということは良くあります。この楽しい空間は、このままでいいじゃないか。もしこの空間がなくなるのであれば、私の知らないところで勝手にやってくれ。私はそのことに関与したくない。そういった気持です。この本を読んだからといって、それについての善悪を判断して、アタシ、変わるわ、といったたぐいの感情が起きるわけではありません。しかし、自分を見直す、といえば俗っぽくなりますが、僕含め実際人間関係はこういうふうに動いてるよなあ、私は思いました。先生とKのように、愛について、人生について、語り合える人がいる方は、きっと他の人よりちょっとだけ幸せだと思います。そんな人はいつだって現れうるし、見つけることができるはずです。本題からずれました。
 
 現代の若い本好きならきっと思うはずだ。夏目漱石の「こゝろ」に出てくる先生とKみたいに、人生について、愛することについて、一緒に悩んだりしてみたい。と。しかしどうしてそれが出来ないのか、友だちがいないわけでもないし、比較的上手く生きてるはずなのになあ、何が問題なんだろう。それに対する一つの答えにこの本は挑んでいる。
 
最後に、個人的に面白かった表現を
 
・中華料理店で修行したトライアスロンコックと、市販の料理本片手の学生が、厨房でその腕をふるう内装の可愛いメキシコ料理店には、次から次に若い客達がやってくる。本当に、シモキタってすごい!とぼくは思う。
シモキタってすごい!
 
・「便利なものって、たいがい下品なのよねえ」
明日から使えるいいことば
 
・説明するのが簡単な関係なんて、あってもなくてもいいようなものだが
彼らも、何かしらの言葉に裏打ちされた希薄な人間関係はまっぴらだと思っているのかもしれませんね。だからこそ、よくわかんない共同生活をやって、いろいろとかんがえてみるのでしょうか。